岡山地方裁判所 平成4年(ワ)212号 判決 1993年1月28日
原告
藤原保夫
ほか三名
被告
窪田裕子
主文
1 被告は、原告らに対し、それぞれ金六〇万七四四三円及びうち金五五万七四四三円に対する平成三年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ各金四五〇万七九〇円及びこれに対する平成三年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故により死亡した者の相続人らが、民法七〇九条により、損害賠償を請求する事件である。
一 争いのない事実
被告は、平成三年八月一五日午後六時四五分ごろ、岡山市神田町一丁目一三番二八号先市道において、普通乗用自動車(岡五八は二六四一、加害車)を運転中、訴外藤原都夜(訴外都夜)との間に事故を発生させ、訴外都夜は、同日午後九時二五分死亡した(本件事故)。
二 争点
1 本件事故の態様
本件事故は、前記日時、場所において、被告が加害車を後進させ、加害車の後方にいた訴外都夜に加害車を衝突させ、訴外都夜の下半身を轢過し、訴外都夜に右大腿骨骨折、骨盤骨折等の傷害を負わせ、前記時間に、出血性シヨツクにより死亡させたものである(原告らの主張)
2 被告の過失
被告は、加害車の後方の安全を確認する注意義務を怠り、漫然と加害車を後進させた過失がある(原告らの主張)
3 損害
(1) 訴外都夜の逸失利益 六一八万二六五一円
訴外都夜が受給していた戦傷病者戦没者遺族等援護法による遺族年金及び国民年金を基礎とし、これから五〇パーセントの生活費を控除し、訴外都夜の平均余命六・九年間の中間利息を控除した額(原告らの主張)
右各年金(右国民年金は障害基礎年金)は、いずれも無拠出性のもので、右法の趣旨からも受給権は一身専属的権利であるから、訴外都夜の逸失利益の額の算定根拠とはならない(被告の主張)。
(2) 原告らの慰謝料 各五〇〇万円
(3) 葬祭費(原告藤原保夫の損害) 二二五万一六七六円
(4) 弁護士費用 各四〇万円
4 相続
訴外都夜の相続人は、原告ら四名のみである。
5 損害の填補
原告ら主張額 一二〇六万五三八〇円
但し、内訳は治療費三〇万九七八〇円、諸雑費七〇〇円、文書料四九〇〇円、逸失利益一四五万円、慰謝料九五〇万円、葬祭費八〇万円
被告の主張額 一二七一万一一七四円
但し、内訳は治療費三一万二三五〇円、葬祭費等一四四万五七九四円、自賠責死亡保険金一〇九五万三〇三〇円
第三争点に対する判断
一 本件事故の態様及び被告の過失
本件事故の態様については、甲第二号証、第二〇号証の三ないし五、一一、一二によれば、原告ら主張の事実が認められ、この事実と右甲第二〇号証の一一、一二によれば、本件事故は、被告の後方の安全確認を欠いた過失に基づくものであることが認められる。
二 損害
1 訴外都夜の逸失利益 二一七万九三三八円
訴外都夜は、同人の夫の藤原鉄次と訴外塩見ツル子との間の子である訴外塩見輝正とは、旧民法上の嫡母庶子関係にあつたが(甲一五)、訴外塩見輝正が昭和二〇年に戦死していたことにより、戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく遺族年金を受給していた。なお、受給開始の昭和二七年四月以前に、訴外塩見輝正の実父母は、死亡していた(甲一五、乙四の1、2)。しかし、右遺族年金は、無拠出性の年金であり、右年金を受けることのできる遺族は一定の範囲の者でありかつ死亡者によつて生計を維持し、その者と生計をともにしていた者でなければならず(右法二四条)、さらに、支給条件として、父母は、六〇歳以上であること、不具廃疾であつて生活資料を得ることができないこと、又は配偶者がなく、かつその者を扶養することができる直系血族がないことなどの要件が定められ(同法二五条)、右年金の受給権は受給権者の死亡により消滅するものであること(同法三一条)など、右年金の受給資格、条件及び消滅原因と無拠出性の年金であることを総合すると、右年金は受給権者の労働や拠出に対応するものではなく、専ら死亡者の遺族の生活扶助を目的とするものであつて、制度上も右遺族等の生活の資に当てられ、それをもつて尽きるものとされているのであるから、右年金受給権の喪失をもつて損害ということはできず、死亡者の逸失利益の算定において控除すべき生活費の額において、右年金の趣旨を踏まえ、この年金が生活費に当てられていた事実を考慮することをもつて足るものというべきである。
訴外都夜は、右遺族年金の他に、国民年金法による障害基礎年金を受けていたが、訴外都夜の場合は、国民年金の保険料の拠出はなく(国民年金が拠出制となつた昭和三六年四月当時、訴外都夜は、まだ五九歳以下であつたが、既に公的年金(前記遺族年金)を受けていたため、加入者とならず、年金皆加入となつた昭和六〇年の改正時には、既に五九歳を過ぎて加入すべき年齢ではなかつたことによるものと思われる)、右障害年金も疾病又は負傷によつて低下するであろう生活状態を扶助することを目的とするものであり(国民年金法三三条の二、三五条、三六条の三、四等)、したがつて、老齢基礎年金との併給はないこと(同法二〇条)などを総合すると、前記遺族年金と同様に、右障害年金もその喪失をもつて損害ということはできない。
しかし、本件事故発生当時、訴外都夜は八三歳の女性であつたが、左耳が幾分難聴であるほかは健康で、裏の家に次男である原告藤原保夫が住んではいるものの、訴外都夜は独り住まいをしていて、朝食以外の食事を自分で拵え、日頃は家庭菜園で野菜を作り、植木の手入れをして楽しんでいた(原告藤原保夫)。本件事故当時における八三歳の女性の平均余命は六・九年であり(平成二年簡易生命表)、またいわゆる賃金センサスにおける女子労働者・学歴計の六五歳の平均年収は約二六六万円である(平成二年の賃金センサス第一巻第一表)。右事実によれば、訴外都夜は、稼働すれば少なくとも、本件事故後三年間は年額七九万八〇〇〇円(右平均年収の三割)の収入を得ることができたこと、他方、訴外都夜は、本件事故当時、前記各年金として年額合計二四〇万八七〇〇円(月額二〇万七二五円)を受給していたから(甲三、四)、生活費は右年金をもつてすべて賄うことができたことが推認できるので、右年収七九万八〇〇〇円を基礎にして、生活費を控除せず、ホフマン方式により中間利息を控除して本件事故時における逸失利益の現価を求めると、二一七万九三三八円となる。
2 原告らの慰謝料 各二〇〇万円
本件事故の態様、訴外都夜の年齢、原告らと訴外都夜の間柄及び原告らが訴外都夜の本件事故による慰謝料として三〇〇万円の支払を受けていること(甲二二の1、2)等諸般の事情を斟酌すると、原告らの慰謝料は、各二〇〇万円とするのが相当である。
3 原告藤原保夫の葬祭費 一〇〇万円
死亡した訴外都夜の仏壇・仏具の購入費、墓石の名入れ費用を含む葬祭費のうち本件事故と相当因果関係のある費用額は一〇〇万円と認められる。
三 相続
訴外都夜の相続人は、同人の子である原告ら四名のみである(甲一五)。
四 損害の填補
原告らは、自賠責保険から、訴外都夜の逸失利益分として一四五万円の、原告らの慰謝料として六五〇万円(各一六二万五〇〇〇円)の支払を受けており(甲二二の1、2)、原告藤原保夫は、葬祭費として、自賠責保険及び被告から一〇〇万円を越える支払を受けている(甲二一、二二の1、2、原告藤原保夫)。
そうすると、被告が原告らに賠償すべき損害額は、それぞれ前記訴外都夜の逸失利益から右逸失利益の填補額を控除した七二万九三三八円の四分の一である一八万二三三四円(円未満切捨て)及び原告らの慰謝料各二〇〇万円から右原告らの慰謝料の填補額を控除した各三七万五〇〇〇円の各合計五五万七三三四円となる。
五 弁護士費用
本件事故と相当因果関係のある原告らの損害としての弁護士費用は各五万円と認めるのが相当である。
六 結論
したがつて、原告らは、被告に対し、それぞれ損害賠償金六〇万七四四三円と右弁護士費用以外の損害賠償金五五万七三三四円に対する平成三年八月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、その余の請求は理由がない。仮執行宣言は相当でないから、これを付さない。
(裁判官 岩谷憲一)